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Leaf 痕(1996)
2016年 04月 24日 *
もう20年経ってるとか…。
思えば、自分が最初にプレイしたPCゲーがこれだったかもしれない。

当時はパソコンにも触り慣れていなくて、色々な事が新鮮だった。
痕はCD1枚に余裕で収まる容量のゲームだ。
しかし、せっかくHDDにインスコしたのにCDを入れた状態でないとプレイできないのが納得いかなかった。
プレイしてる最中ずっとCD読み込ませてる意味あるのかと。

で画面一杯に広がる文字、文字…。
なんじゃこれは。
クリックする手が疲れる。
これ本当にゲームなの?

それが生まれて初めてノベルゲームをプレイした時の感想だった。
登場キャラクターが読者投票の上位を常にキープしていたので、読み進めたら面白い事は想像がついたが、気力が続かなかった。
結局1回BADENDまでは何とかプレイしたけど。
何なのだこれは。
延々と続くクリック操作を強制させられた上にこの仕打ちは何なのか。
不完全燃焼というか、心にもやもやしたものだけが残った。

友人にこの気持ちをぶつけてみると、どうやらプレイするうちに選択肢が増えて物語が進むようになるらしい。
なにそれ? BADENDを見ないとゲームが進まないの?
だったら選択肢作る必要ある?

20年経った今、記憶を消去した上で再びプレイしてみた。

相変わらずクリア条件がわからない。
何度やってもBADENDに行きつく。
仕方なく攻略サイトを覗いてみた。
BADENDを見ることがクリアの条件になっていることを思い知らされた。
だから、エンディングの既読・未読を管理するしおりシステムが必要なのである。
言われてみればそうなのかと言うしかないが、それまでに辿った選択肢がクリアの条件になる可能性もあると考えていた。
例えばA→C→Bという特定の選択肢を辿ると次にクリアのための選択肢が追加されるみたいな。
でも選択肢が増えたところで、ノートに書き写したりでもしない限り、気づかなかったりもするけど。

特に攻略サイトを見なくても何回も選択肢を変えてプレイすればなぜかクリアできてしまう。
結果的にはBADENDを見ることがクリア条件になっているので、総当たりで何とかなるゲームブックよりは複雑と言える。
ただそこに必然性というか、そうするだけの理由を見出せなかったりする。

ゲーム進行の選択肢を廃した上で物語のループ構造を俯瞰的な視点で見るキャラクターを登場させたのがひぐらしである。
古手梨花ですね。

もう一つYU-NOを例にあげると、物語の序盤で主人公が銃口を向けられるが、別の並行世界ではそれがなかったことになっていた。
それを不思議に感じている時点でこの主人公は前の世界線の記憶を保持していることになる。
ゲーム中、プレイヤーは複数の並行世界を行き来することになる。
だが、前の世界線の記憶を持ち込んでいるのは序盤の上述の部分くらいで、後は宝玉を使って元の世界線に戻っても前と全く同じリアクションを取る。
まあこれで物語の進行状況に合わせて違うリアクションを取らなければならないとしたら、膨大なフラグ管理とテキスト量が必要になる為、実質無理だろうけど。

ただADVに必要な選択肢を外し、ほぼ一本道のストーリーにすれば実現できそうだ。
それがシュタゲでいうところの岡部倫太郎であり、世界線の移動を経験するプレイヤーと気持ちを共感させるために作られたキャラクターである。

Leafの痕に関して言えば、登場人物がBADENDについて言及する場面はない。
唯一感じるのはBADENDの後に登場人物がプレイヤーに向かってメッセージを発する場面である。
あのフォローのおかげで気持ちを奮起させたプレイヤーは少なくなかっただろう。

ただ改めて気づいたのが、ゲームってこんなに面白いものだったんだなと。
前置きは長くなったが、一番言いたかったのはこの一点である。
上手く言えないが、昔のゲームには今のゲームにない魅力が多分に含まれている。
キャラの魅力もそうだが、制約がある中でも限界に挑戦していたグラフィックや音源がゲームを構成していることも一因と思われる。
10年20年後に残るゲームは明らかにこの時代のゲームだろう。
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by nochoice1 | 2016-04-24 00:39 | Comments(0) *
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