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自分に関する考察-2~延命措置
2007年 06月 04日 *
ブログにはカテゴリという機能があって、記事のジャンルを指定して読者の方が読みやすいように出来るのだが、あまりに逸脱した内容は別のブログ(あるいは別のHP)に記載した方がいいんじゃないかと思う。
カテゴリは1階層しか作れないから、ウィンドウズのフォルダのように多段階層にする事が出来ない。
読む側の利便性を考えると、一つのブログに書いていく事に限界を感じる。

それはそうと、重苦しい状態が何週間か続いて、今日はベンチに座って酒を飲んだ。
それまで抱えていたものが消えて無くなっていくのを感じた。
子供が犬と遊んでいるのを見て幸せな気持ちになった。

近所の人同士が挨拶したいた。
それを見て、自分も子供の頃は知ってる大人に挨拶していた事を思い出した。
今ここにいる自分は子供の頃の自分と違う。
別の人間が入れ替わったかのように違う。

気分が悪い時はどんな具合かって?
それを書く事が人にいい影響を与えるとは思えない。
だけど、ここは自分のための領域でもあるから書いてみる。

人はつらい時に休めばいい事を経験的に知っている。
休めば回復出来るからだ。
仮に切り傷を負ったとしても、切り口が浅い傷なら出血が治してくれる。
しかし、大ケガだったらどうだろう。
痛いとか、我慢すれば治るとか、休めば治るとか、そういう許容範囲を超えてしまった時。
メーターが振り切れるとそれ以上動かなくなるように、痛みもある一定レベルを超えると増幅しなくなる。
それが長時間持続すると痛みに慣れてしまい、当初の痛みそのものをはっきりと知覚出来なくなってしまう。
精神的な痛みも同じだ。

休もうが風呂に入ろうが息を吸おうが走ろうが、何をしてもつらい。
1ミリも動けないような無気力感は、動かなくても同様につらい状況を与える。
どうにもならない事をどうにかしようとして重い体を動かして街に出る。
普段ならストレスを感じる雑踏がむしろ心地いいと感じる。
自分が歩いている感覚を感じられないまま、周りに沢山の人が通り過ぎるのを見てほっとする。
喫茶店で目的もないまま何時間でも過ごす。
普段とは違い、人に囲まれていると気分が落ち着く。
誰かとくだらない無意味な会話をしたくなる。

気を紛らわすために音楽を聴こうとするが、ヘッドフォンだと閉じ込められたような閉塞感に襲われ両耳で聴けなくなる。
仕方なく片方の耳に音楽を流す。
しかし何も感じない。
食欲もない。
ていうか食欲って何?

集中力の欠如は仕事を行う上で支障となる。
仕事中、ふとした瞬間に突然泣きたくなる。それが1日に何回も訪れ、そのたびにトイレに駆け込む。
理由はないというか、理由はあるのかもしれないけど、自分では理由はわからない。
気がつけばぼーっとしながら時間を過ごしている。
電話に出る。
その人の名前を聞いた1秒後に忘れてしまう。
電話をかける。
ディスプレイに表示された電話番号と同じ番号がかけられない。
普段なら、表示された番号と同じ電話機のボタンを一つずつ押していく、そんな簡単な動作は難なく出来るはずなのに、出来ない。
何回も何回も間違い電話をしてしまい、申し訳ない気持ちになってくる。
自分を動かしているのは果たして自分なのか、そういった感覚が麻痺してくる。
電話をかける事さえこのような有り様だから、仕事を遂行する事が難しくなってくる。
ミスを頻発するようになる。
やがて、仕事をする振りをするようになる。

僕は今日という日を、いつか晴れる日が来ると思いながら、その「いつか」はいつまで経っても来ないとわかっていながら過ごしている。
原因は自分にあるんだけど、どうすれば払拭出来るかわからず時間だけが過ぎていく。
これは休息ではない、何もしていないだけ。時間が止まっているだけ。
とんでもないバカだな。
放っておいてもどうせ死ぬからいいけど。
by nochoice1 | 2007-06-04 00:45 *
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