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2007年 06月 24日 *
世間一般っていうのは休日に車でドライブしたり、ビール飲みながらテレビで野球観たりする事。
忙しい時に思い浮かぶ「~したい」って感情や、みんなが面白いと言ってるものの事。
今の季節なら海に行く事とか。
自分じゃわからないけど、みんなが楽しいって言うんだからきっと楽しいんだろう。
そういうものを楽しめれば大部分の問題は片付くはず。
今の生活とは随分離れてるけど近づきたい。

ネットからも距離を置きたい。
誰もがネットするのが当たり前の時代になって、多くの人が使うツールはなんとなく苦手だ。
ネットが市民権を得るようになり、こう書くのが当たり前みたいな「大多数」の雰囲気が醸成されると自分が浮いてしまうから。
それから、人にマイナスに作用する文章は書きたくない。

ただ気になるのは大多数の人がネットを利用する上での無防備さだ。
新聞やテレビと同じように、ネットの情報が何でも正しいと思うのは間違っている。
現実世界で人に物を勧める時に「私は~の回し者じゃないですけど」と言うのがあるが、アフィリエイトみたいに金銭の授受が発生してる場合は回し者以外の何者でもない。
購入を媒介すると報奨金が貰えるから、それについて好意的な文章がネットに氾濫する。
そのうちの幾つかのサイトがGoogleの上位に並ぶようになる。
商品の購入者の立場でレビューしているサイトの作者が実は製造元の社員だったとしてもおかしくない。
それについて怒ったりする前に少し考えればわかる事なのに。
はっきり言って、有名レビューサイトの幾つかは実はそういう人間が作っている。
そこに本人のプロフィールとして職業や夢なんかが載ってて、読者が作者の夢の行方について心配する、痛い書き込みがあったりするけど。
それはキャラ付けのために書いてるだけなので、要するに嘘だ。

多くの人が閲覧する掲示板も真実ばかり書いてある訳じゃない。
特にわからないものに対しては、憶測ばかりが並べられるだけで正しい解は一つもなかったりする。
信憑性のある憶測で物事の核心に近づいたと思うのは間違いだ。
企業も馬鹿ではないから掲示板をチェックするようになり、やがて対策を講じるようになる。
世論を操作するのが難しいのと同様に掲示板の書き込みをコントロールするのは不可能だが、ある程度の事は出来てしまう。
黒を白にするのは無理でも灰色を白にする事なら出来る。
企業体質がクローズドになりがちなのは、物事を灰色にしたいからだ。
灰色にしておけば大衆によって憶測が飛び交い、大衆自身が何が真実かをわからなくしてくれる。

中にはブログで真実を書き込む人がいる。
大衆心理や憶測ではなく、真実を知る内部の人間が少なからず存在するためだ。
しかし玉石混淆の状況の中で、読者の側からはどちらが真実なのかを判別出来ない。

もちろん知らない方がいい事は沢山あるし、みんなと同じように行動する方が幸せって事もある。
普通は生死に関わる問題ではないからどうだっていい。
世間に溢れてる真実なんてキャッチコピーくらい薄っぺらいもんだ。
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2007年 06月 23日 *
それって1人じゃ生きられないって事なんじゃないだろうか。
そもそも、働いていた時に1人で生きていると思っていたのが間違いだった。
1人でも、いや、1人の方が何でも出来るとさえ思っていた。
いざ1人になってみると無力だ。
お金だけあれば1人でも生きていけると思ったけど、仮に金銭的問題を解決したとしても他の問題が出てくる。
生きる知恵のようなもの。
生きる力のようなもの。
人は様々な人との繋がりで構成されていて、その人を好きになったとしても、その人は1人じゃない。
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2007年 06月 23日 *
世間一般に近づきたくて外出してみた。
また降りるべき駅を通過してしまった。
銀座線渋谷駅は終点が降車専用のホームで、反対方向の電車に乗れなくておろおろしてると、乗り過ごした人は駅員に言って下さいと貼り紙がしてあるのを見つけた。
乗り過ごすのは自分だけではないとわかって安心したけど、寝てた訳じゃないのに乗り過ごしてしまう人間がどれ程いるのだろう。
何回も。焦る。
当たり前の事が出来ない自分を見せつけられて、電車に乗るが怖くなってしまいそうだ。
まあいい。
外出しただけでも上出来なんだから。
そういえば営団地下鉄でSuicaが使えるかどうか気になった。
パスモが使えそうなのはわかるんだけど、Suicaも使えたら便利だね。
そんな感じで世間には近づけそうで近づけない。
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2007年 06月 22日 *
つらい事があっても全然平気だったらいいな
うん
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2007年 06月 21日 *
見た事のないものを見るのは楽しい。
行った人にしかわからない事は存在する。
その場にある空気の前で、言葉は無力だ。

今まで書きたかった事は何だったんだろう。
自分が感じた事って何だったんだろう。
朝のスーツの群れに混じると、自分が世間一般の人になれたみたいで嬉しかった。
重苦しい事は書きたくない。思い出したくもない。
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2007年 06月 17日 *
冒頭シーン。
子供の頃プレイしていて衝撃を受けた事は覚えているものの、実際どんなストーリー展開だったか忘れてしまった。
今になってプレイしてみると、やはり衝撃を受けた。
それは子供の頃に受けた衝撃とは別のものなんだろうけど。

なぜ辺境の村で人々が生活しているのか。
村には「世界を救うために、まだ子供の勇者を成人になるまで育てる」という目的があった。
そのための村の営みがあった。
勇者が悪い者に見つからないように、敢えて辺境の地での生活を選んだのだ。

それに比べて現実の世界では、全体を包み込む空気があるのだろうか。あるいは、共通の価値観が。
不思議な均衡の上に成り立ち、脅威なんて本当は実体のない虚像に思えてくる。
現代は、昔の人が望んだ通りの素晴らしい世界になっているだろうか。


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2007年 06月 14日 *
あれこれやろうと思ってもどうせ忘れてしまうって事。
気分のいい時にやろうとか時間のある時にやろうと後回しにしても、その日は永遠に訪れないだろう。
3日前の決意は気分の浮き沈みの中で消えていく。
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2007年 06月 09日 *
好きに理由はない、っていうのは、本人はそれでいいかもしれないけど、相手は好かれている事に対して無自覚でいていいんだろうか。
無条件の承認は存在するだろうか。
他の人ではない、君じゃなきゃダメだっていう理由はどこにあるんだろう。

everydiaryのアクセス停止に伴い、エブリユーザーが多数の難民と化した訳だが、未だにエブリダイアリーがいいと思っている人は沢山いるはずだ。
シンプルなデザイン、コメント欄がない事、日記を月別に日付順に表示出来る事。
それらは一定のコンセプトに基づいて設計されたものだと思っていた。
しかしそこにあったのは、使う・使われるの関係だけ。
エブリユーザーがなぜ好意を持ってeverydiaryを使用し続けていたかは、管理人にとって未知の領域だったのかもしれない。

90年代後半から2000年前後にかけて広がった日記サイトはブログへと形を変えた。
MEMORIZEはlivedoorBlogに統合され、Lycosダイアリーは楽天ブログへと姿を変えた。
webでただ日記をつけている者にとって、ログが消失したりサイトを移動しなければならなかったりデザインが変わったりするのは迷惑な話だ。
しかし時代のトレンドには逆らえない。金にならないサービスは時代とともに淘汰されていく。

人の日記を読むのは書き手の事を知りたいからであり、また、自分の事を知りたいからだ。

自分はなんて馬鹿なんだ。
すっかり忘れていた。
またゼロから始めよう。

こういう文章を読んで、自分も同じ事を繰り返しているんだな、と気づく。

以前このブログで取り上げた「取り消されたアクション」は、↓に移動していて、それが知らない人であっても存在を確認出来る事が心地よかったりする。
http://sillydays.jugem.jp/

昔観たテレビドラマで、ビルの屋上から下で歩いている米粒程の大きさの人達に向かって「自分はここにいるぞー」って叫ぶシーンがあるけど、僕がブログを書く理由もそうなんじゃないかと思う。
いい文章を書いて読んで貰いたいって訳じゃないんだ。
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2007年 06月 06日 *
先日、ストレスとうつ病との関係は無いと書いたが、ではSE等の特定の業種にうつ病が多いとされるのはなぜかという疑問が生じる。
これは程度問題で、適度なストレスは日常生活において必要な要素だが、過度なストレスはうつ病を顕在化させるきっかけになり得る、と言える。
それって関係あるって事じゃん、と突っ込みを入れそうになるが。

忙しいSEは、家に帰れるのが2ヶ月に1回あるかないかだったり、たまに帰れたとしても30分だけで

1.食事をする
2.シャワーを浴びる
3.寝る

の究極の選択を迫られたりする。(どれを選択しても次の日はつらい)
SEは別名IT土方とも称され、確かにビジネススキームを考えるとそう言えなくもない部分はあるが、ではなぜSEにうつ病になる人が多いかと言えば、職場環境が影響しているのだと思う。
食事が1日1回あるかないかだったり、睡眠が3時間あるかないかだったり、その上全く運動しない生活が続けば、精神的にいい影響を与えないだろう。
逆に言えば、食事は1日2回は摂る、運動は1日1時間する、などの生活習慣を続ければうつ病に対して改善の効果があると思う。

ただ、うつ病が治った患者が社会に復帰して再度うつ病にかかるケースを見ると、精神科の限界を感じる。
せっかく社会復帰を目的としてうつ病の治療をしたのに、社会復帰してまたうつ病になって…
これでは無意味なループの繰り返しだ。

全ての問題が一度に解決する薬は今のところない。
だから、一つ一つ解決していく姿勢が大切だと思う。
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2007年 06月 04日 *
ぼーっとしてる間に降りるべき駅を通り過ぎてしまう。
酔っ払って寝過ごすならわかるが、シラフの状態で、起きている状態で、気づいた時には降りる駅を過ぎている。
そして反対の電車に乗ってまた降りるべき駅を通過してしまい、また反対方向の電車に乗り直す。

一人の時ならまだいいが、人と待ち合わせをしてる時も、電車を乗り換える時に反対方向の電車に乗ってしまう。
状況を説明するのが難しいが、乗り換えた時には正しい電車に乗ったつもりでいるのだ。
それで、何駅か過ぎてから反対方向の電車に乗っている事にようやく気づく。
当然待ち合わせ時間を過ぎてしまい、人に迷惑をかけてた自分を責める。
今度こそ間違えないようにしようと心に誓ったのに、帰りも同じように反対方向の電車に乗っている自分に気づく。
本当にこいつ大丈夫なのか、と自分で思う。
人として出来て当たり前の事が出来ない自分に苛立つ。

回り道をして目的地に辿り着くならまだいいが、目的地と全く正反対の方向に進んでいる。
電車だけでなく、人生も目的と反対の方向に逆走しているのではないかと思って落ち込む。
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The Original by Sun&Moon