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2009年 12月 31日 *
日常生活で自発的にヘヴィメタルを聴いている人間にとっては当然観ているであろう2作品。
メタルの起源やメタルファンの生態にドキュメント形式で迫っているので、普段メタルと関わりがない人も知識を得るにはいい映画だと思う。
世の中にはこういう人達がいるんだ、と知るきっかけになれば。

1作品目にあたる「メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー」はメタルファンという閉鎖的な(?)コミュニティの中ではヒット作といっていい。
全体を通して鑑賞に耐えるレベルに仕上がっており、特に後半の教会が燃やされて神父さんが涙ながらにインタビューに答える姿は映画を鑑賞した人達の間でも印象深いシーンとして記憶に残っている。
メタルTシャツが黒い理由なんて、自分はあまり深く考えてこなかった。
言われてみればメタルTシャツはだいたい黒で統一され、それがメタルファンを示す記号とまでなっている。

実は、自分も学生時代にメタルTシャツを持っていたが、親に勝手に捨てられてしまった。
親には親の考えがあってそうしたのだろうが、僕は自分の大切なものを消失したことがとてもショックだった。
がんばってアルバイトをして、数年に一度しかないライブに行き、その会場で買った思い出のあるTシャツだったのに。
その事実は月日の経過した今考えてもやはり悲しく、自分の心に傷を残している。

2作目の「グローバル・メタル」ではイギリス・アメリカで発祥したメタルがアジア・中東・南米にどのように波及していったかを追う作品となっている。
ここで日本も登場する訳だが、外国のカメラマンが撮影する日本には何だか違和感があった。
でも映像は嘘をつかないから、きっとそういう国なんだろう。
確かに日本人は感情表現が外国とは違い、外人からしたら何考えているかわからない人種と言われる。
メタルが好きな日本人も少なからずいるのもその通りだが、伊藤政則の指摘するように、スレイヤーのアウシュビッツがどうたらという歌詞やメタルの持つ邪悪なメッセージに共感しているというよりは、単にリフがかっこいいとか、この曲はやいとか、こいつらやっぱすげーとか、そういうレベルで好きなのだろう。
でも本作の監督が「メタル好きは一過性のものではない」と主張する部分において、日本人はそれを体現している。
スーツに身を包んだおじさんがエアギターしながら歌い狂ってる映像には苦笑するしかないが。

それから2作品目はメタルのグローバル化をテーマにしているだけに、メタルのCDが政治的あるいは経済的理由で買うことができない若者がインターネットで違法にダウンロードしている現状についてどう思うか? とメンバーにインタビューする場面があった。
この問いに対し、
「どんどんダウンロードしたらいいよ」
と答えるのは、四天王だから言える寛大なセリフだと思った。
やはりインターネットの普及によってどの国も同じような問題に直面しているのであり、今後も制作者の権利をどう守っていくかを考えなければならない。
自分もYoutubeに流れている全ての映像が違法だとは思っていない。
たとえばプロモーション用の映像は宣伝効果が期待でき、制作者・視聴者双方にとってメリットがあると言える。
ただし製品自体をネット利用者がシェアすることは制作者も望んでいないだろう。
動画のアップロードが購入を喚起させるものならお互いハッピーだが、購入をやめる方向に向かうのなら制作者が本来得るべき利益が損なわれてしまう。
少なくとも権利者の許可なくアップロードし放題という現状は行き過ぎだと思う。
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2009年 12月 27日 *
映画「レスラー」をまだ観ていない人は、以下の文章は読まないで下さい。

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2009年 12月 26日 *
僕はこの世界を毎日が退屈で憂鬱で明日への希望もない世界だと感じている。
一方、架空の楽しい世界のことを想像する。
それは日常の中で家族や友人とのつながりのある世界。
もちろん人と接することで傷つくことは沢山あるのだろうけど、世界が現状のような状況ではなく、街の人々みんなが楽しそうに歩いている世界。

ネットは世界を変えた。
それまでの産業が現実世界をより便利にする試みだとすれば、ネットが普及した世界ではネットを便利にするための試みに産業が変化している。
極端な例では部屋から一歩も出ずに生活することも可能となりつつある。
ネット上には現実世界と同じように店舗が存在する。
だがそこに店員が実際にいる訳ではない。
商品を購入した時には「ありがとうございました」と表示されるが、それは機械のプログラムによって表示されているに過ぎない。
それを言ったら現実のマニュアル通りの対応しかできない店員だっているじゃないかと言われそうだが、人とのつながりの有無ににおいて違いが生じる。

要するにインターネットが普及したところでロクなことは起こらない。
この世界がそうであるように。
そして僕はネットのない世界のことを想像してしまう。
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2009年 12月 25日 *
ふと、子供の頃に感じた記憶を思い出す時がある。
難しくも何でもない単純な感情。
その感覚はもう二度と追体験することはできない。

難しいことはわからない。
だから記憶にも刻まれにくい。
難しいことはわからない。
でも子供の頃感じた記憶ならいつだって呼び戻せる。
自分の性格は何も変わっちゃいないのだから。

物語は単純でわかりやすい方がいい。
物語の価値は難解さにあるのではなく、まず前提として世界観があるかどうかだ。
例えばTVドラマにしても、セットは造りものだし、セリフも予め既に用意されている。
見てる側もそんなことは十分わかっているが、その世界に入り込んでしまうのは現実とは別のもう一つの世界が構築されているからだ。
子供から大人まで誰もが楽しめる作品が見たい。
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2009年 12月 20日 *
携帯電話やインターネットがまだ完全に普及し切っていない頃。
僕はタクシーに乗っていた。
車内で郊外の景色を眺めているとタクシードライバーが話しかけてきた。
僕はどんな仕事をしているのか、そこで何をしにいくかを答えた。
それを聞いてドライバーは切り出した。
「インターネットっていうの? 全然最近の話に疎くてわからなくてさ。中学生の娘がやりたいって言ってるんだ」
ほう、中学生の娘がいるのか。僕は答えた。
「それならまずパソコンが必要ですね。あとプロバイダーの契約…」
「へえ、プロバイダーっていうのが必要なんですか」
「……」

タクシードライバーの給料は決して高くない。
しかも東京から電車で2時間以上かかる田舎の駅前で、自分みたいな単発の客を待ち合わせているタクシーなら尚更だ。
しかしドライバーは子供を育てていて、決して安くない買い物をするかどうか悩んでいた。
これは7年くらい前の話。
以下は2009年12月17日読売新聞の記事。

小学生、無料携帯ゲームのトラブル急増
 「無料で遊べる」などとうたう携帯ゲームサイトで高額請求が相次いでいる問題で、国民生活センターは16日、今年4月からの8か月間の相談件数が全国で273件に上ったと発表した。
 同センターによると、今年4~11月で、オンラインゲームを巡り同センターや各地の消費生活センターなどに寄せられた相談は654件に上り、「無料」ゲームに関する相談は約4割を占めた。多くは「無料で遊べると思っていたのに高額な利用料を請求された」という相談で、請求されるまま9万円を支払ったケースもあった。
 年齢別で見ると、未成年者は約4割の110件で、小学生の51件が最も多かった。相談事例でも、「小学校低学年の娘に自分の携帯電話でゲームをさせていたら10万円の請求書が届いた。娘はゲーム上でアイテムを購入していたが、本当のお金がかかると知らなかった」(東京・30歳代女性)などと、小学生が現実とゲームの金の区別がつかないケースもあった。
携帯電話が世間一般に普及するということは、こういうことなんだろう。

電車に乗ると女子高生がおしゃべりをしていた。
話の内容は7年前とほぼ変わりない。
だが、変わった部分もある。
YouTubeの動画が見れなくなったとか、でもこのサイトで見られるよとか。
インターネットが世間一般に普及するということは、こういうことなんだろう。

本人の知らない間に自宅の写真が住所・地図付きで誰もが閲覧できる状態になっていたり。
現状では著作物の所有者すら、インターネットそのもの、あるいはGoogleにあると錯覚しそうになる。
しかし著作物の権利を有しているのは明らかにそのコンテンツを制作した人である。
また、それは購入した人のみが楽しむべきだ。
結局つけは自分たちが支払うことになるんだぜ。
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2009年 12月 18日 *
ある事について、ある人は良いと言い、ある人は悪いと言う。
その両方が真実で。
お互いの違いは紙一重に満たないのにもかかわらず。

僕がすごいと思った事は、他人に伝わることはない。
だから僕は伝えることを諦める。
お互いの違いは紙一重に満たないのにもかかわらず。
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2009年 12月 12日 *
いまさら映画クレヨンしんちゃんを観た。
周りの人でクレヨンしんちゃんを勧めてくる人が多かった。
前評判で「泣ける」といわれていたので、どの部分で泣けるのか気になっていたのだ。

今日観たのは以下の2作品。
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲(2001年)
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦(2002年)

なるほど、実際に観ると「家族」の繋がりにほろりとさせられる映画だったのか…。
主人公のしんちゃんだけでなく、お父さんがけっこう重要な役割を果たしている。
特に戦国大合戦のセリフはやられた。
また戦国時代の細かい描写は、映画「BALLAD 名もなき恋のうた」の原作としても使用されている。
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2009年 12月 11日 *
自分が時代に取り残されているのではないかという仮説が確信へと近づいていく。

先日、iTunesをダウンロードした。
仮想店舗ではタイトル数が多く用意されており、普通のCDショップでは買えないものもダウンロードできる。
だがある程度メジャーなCDに関しては、TSUTAYAでレンタルした方が安い。
圧縮された音源なのにCD本体に匹敵する値段がするのはなぜか。
また、一度ダウンロードした音源を誤って消去した場合、再ダウンロードに費用は発生するのだろうか。

スペースシャワーTVを視聴した。
以前から知っているバンドが出演し、インタビューに答えていた。
彼らの曲はおそらく大衆からすると「なにこれ?」と思われる音楽に違いなかった。
しかし彼らは確信を持ってそれを作っている。
そんなCDを売り出す時の心境はどんな感じだろう。
音楽は受け手によって変わる。
ある人にとっては特別な曲になるし、ある人にとっては1秒後には忘れ去られるだろう。
自分の伝えたいことが完全な形で相手に伝わることはほぼない。
ただ一つ言えるのは、聞いた人にとってはすぐに忘れ去れる曲であっても、作った本人にとっては一番の思い入れがあるということ。
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2009年 12月 08日 *
がらにもなく、TV情熱大陸を視聴した。
ある音楽プロデューサーがクローズアップされていた。
その人いわく、
「昨日でもなく、明日でもなく、今日聴いて一番いいものを作りたい」
みたいなことを言っていた。
なるほど~。
自分みたいな素人は「いい曲」が持つ普遍的な価値を求めてしまう。
昨日、今日、これから先もずっといい曲と思えるような曲を「いい曲」だと思っている。
しかし、先のことは誰にもわからない。
味覚にも年齢の経過とともに違いが出てくるし、音楽から受ける感覚も年齢とともに変化していく。
だったら、昨日でも明日でもない、今、一番と思える音楽を聴いたり作ったりした方がいいのではないか。
そういう風にも考えられる。

今日はこのサイトでアップロードされているピアノの曲を聴いていた。
自分が何を聴きたいのかを考えながら。


ForeverLive.jpg
http://mimonot.net/mimonot/news.php?item.72.2
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2009年 12月 06日 *
映画にしてもノベルゲームにしても、音楽は重要な要素だ。
この前も同じことを書いたけど、今日同じことを思う。

あるジャズの曲を聴いていたら、ある大型商業施設で流れている曲と同じことに気がついた。
最初にその曲を聴いた時、商業施設からの依頼でどこかの業者が作曲したと考えていたが、実際は違っていた。
あらかじめ既存の曲があって、その後、施設側の人が店内で独占的に流す権利を購入したのだろう。

現在、丸井やマクドナルドではダンス系の音楽が流れている。
これも誰かによって既に作曲されたもので、それを施設側が買っているのだろうか。
そんな事情は働いている人のごく一部しか知らなそうだが。

店内でも映画でも、流れている音楽によって印象はガラリと変わる。
曇りの日でも、青色の透き通ったガラスを通してみれば青空に見えるように。
僕がa profileの商用版でなく、同人版をすすめる理由はそこにある。
シナリオが追加されようとも、作中に流れる音楽で印象が決定づけられている以上、音楽の変更を受け容れることはできない。
ドラクエのメインテーマ曲が変わるとドラクエでなくなってしまうのと同じで。
この「気づき」は今後映画やゲームをプレイする自分を変えるかもしれない。
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The Original by Sun&Moon