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2010年 08月 31日 *
「お弁当を買って来たので、よかったらどうぞ」
そう言って渡せたらいいのに。
相手に好き嫌いがあるかもしれない。
忙しくて食べる時間などないかもしれない。
あれこれ考え、結局言い出せないまま時間が過ぎて帰宅した。
僕は鞄の中で外装がぐしゃぐしゃに変形した弁当を取り出し、それを夕飯にして一人で食べ、それから寝た。

もし、あの時弁当を差し出したとしても、相手は嬉しそうに受け取ってくれるだろう。
それは思いやりの部分。
一般論として、長く付き合っていく人に何を求めるかという問いに対して上位にランクされるのは「思いやり」だ。

好きなものを好きと言えない人間は、数十億人もいる世界の中では最も生き残ってはいけない。
相手に迷惑をかけるだけだ。

昔、お昼に弁当を買いに行こうと会社の外に出たら突然彼女がいてびっくりした。
東京のビジネス街に、最もふさわしくない人物だと思った。
家で弁当を作って持ってきてくれたらしい。
僕は普段誰も見向きもしない小さな公園を見つけて、ベンチに座って弁当を食べた。
弁当は一人分しかなくて、君は隣で座っていた。
わざわざこんな所までやって来た君の気持ちを想像すると、僕は何て言ったらいいのかわからなくて、黙々と弁当を食べていた。
その記憶が今も自分を苦しめる。

時間が経てば忘れるというのは嘘だ。
いなくなった人は、明らかにそのままの形で生きている。
死んだ人を心の中に生きていると言って慰めたりするけど、まさに自分の予測不能な行動をし、その一つ一つはやっぱりその人なのだ。

僕は考える。
何回考えても結果は同じなのに。
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2010年 08月 27日 *
不安が世にはびこっている。
このままでは世界は崩壊するのではないか。
そして崩壊する直前、不思議な力が作用してなんとか助かるのではないか。

違う。
崩壊する直前に不思議な力が作用するのではない。
力は常に作用している。
物体間に働く引力のように。
日食の日にだけ宇宙を感じたところで、天体はいつだって物理法則に従って動いている。
世間がいくら騒ごうが惑わされてはいけない。
常に働いている力が何なのかを見定めなければならない。
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2010年 08月 22日 *
電話が鳴った。

「いま何やってた?」
「仕事から帰るところです」
「ちゃんと働いているのか。給料幾ら貰ってるんだ?」
「……」
僕は返答に窮する。
「正直に言えよ。正直に」
この前も書いた通り、僕は16万くらいしか貰っていない。
フリーターとあまり変わらない額だ。

「その給料の倍払うから、うちの所に来いよ」
「考えておきます」
そう言って電話を切った。

僕はかつてFXに関するブログを書いていた。
動機は金融業界の糞ったれな体質を暴き、被害に遭う人を減らしたかったから。
それなのに、このちっぽけな理念など無視して誘ってくる人がいる。
外コムのような大手ではないが、それでも少なからぬ金額を運用しなければならない。
100万円の資金を運用して個人一人が食べていくのと、顧客の資金数億円を運用するのとでは方法が異なる。

電話が終わった直後、自分の環境を変えてみるのもいいかな、と思った。
でもよく考えてみるとこれは悪魔のささやきだった。
ドラクエでは最後のボスが勇者に対してこう言う。
「もし わしの みかたになれば せかいの はんぶんを おまえに やろう。どうじゃ? わしの みかたに なるか?」
勇者の冒険の目的は、竜王を倒すことにある。
そして冒険の最後に竜王と対峙することになるのだが、竜王は自分の仲間になれば世界の半分を渡すと言ってくる。

10年前の自分なら誘いに乗っていたかもしれないが、今はお金なんてどうでもよくなってしまった。
そもそも欲しいものなんてない。

人よりお金を持っているからといって、人より優位に立っていると考えるのは間違いだ。
でもだからといって、今の生活にも満足できない。
何かをしようとして結局何も出来ずに終わるこの生活から抜け出さなければならない。
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2010年 08月 22日 *
トイ・ストーリー3を見た。
日曜日で周りは親子づればっかりです。
メタルTシャツ着ながら一人座っている俺はどう見ても浮いてます。本当にありがとうございました。

別れがテーマで、例えば精神分析医の小此木啓吾が著した「対象喪失」が同じテーマの作品としてあるけれども、物語(フィクション)の作品を見るのも面白い。
作中では相手が自分のことを大切に思ってくれているかどうかは敢えてぼかして描かれてあり、別れに直面したそれぞれの登場人物の考え方や行動が見所となっている。
おもちゃにとっては、遊んで「くれた」思い出しか持っていない。
そこに主体性はなく、常に遊んでくれる相手がいなければ関係は成立しない。
自身がおもちゃであるがゆえに相手に気持ちを伝えることができない現実世界。
一方、おもちゃの世界では周りの現実を捉え、主体的に行動する。
人間同士の関係にも同じようなことが言えるだろう。
自己と他者の間に立ちはだかる壁は、どうやっても取り払うことはできない。
お前は捨てられたのだと連呼する悪役のクマ。
真相のわからぬまま別れを受け入れる準備をする主人公達。
ラストの終わり方もよかった。
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2010年 08月 20日 *
だから、「エロゲランキング」に関する記事はここじゃないんだって。
どうしてグーグル検索で1ページ目に表示されるんだ?
ここはエロサイトじゃないのに、多くの人がそれ目的で飛んできているみたいでこっちが申し訳なくなる。
それからヘッドフォンの型番「AH-D501」で検索して来る方がいるみたいなので補足しておくと、3980円のヨドバシ価格が一番安いと思いきや、amazonだと更にお買い得なことがわかった。
amazonってすごい。
今更だけど。
なぜamazonは商品を安く提供できるのだろう。
素人なりに考えてみる。

楽天は場所だけを提供し、店舗から利用料を徴収するビジネス。
一方、amazonは商品の販売も兼ねて行っている。
一見、楽天は在庫リスクを抱えず手堅いビジネスをしているように見えるが、購入者の立場からするとどうだろう。
様々な異なるジャンルの商品であっても同じ"amazon"というブランドから購入した方が客にとっては安心感がある。
どこでも同じ味を提供するマクドナルドやペプシコーラと一緒で、amazonという名前のブランド。
楽天は商品検索で最も安いお店を探すことは可能だけど、そのお店は小さな零細企業がやっていてもおかしくはない。
楽天自身が販売も行う楽天ブックスなどを除き、聞いたことのない地方のお店から購入する場合も多々あるのだ。
それも買い物の一つの楽しみだと言えばそうだが、コスト的にはamazonの方が合理的だと言える。
なぜなら、ネットショッピングの課題の一つは送料である。
この動画を見ればわかると思うが、amazonの倉庫は一つの物流拠点と化している。
小さな零細企業がどんなに安い物流業者と契約を結ぼうと、一度に大量出荷を行うamazonに送料面で敵うはずがない。
実際、amazonの販売する商品の送料は現在無料となっている。
法的に危ないものを除けば、楽天ショップが安く仕入れられるものは大抵、amazonにだってできるだろう。
ならば送料込みの価格面でamazonが優位に立つ。
ここまで来ると、amazonがどのような選定基準で商品を仕入れ、販売を行っているかが気になるのだが、それはまた別の機会に考えることにしよう。
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2010年 08月 19日 *
暗い生活を送っているせいか、メールで飲みに行こうと誘われてもどう返信していいか分からなくなってしまった。
部屋に閉じこもった生活はどう見てもキモイ。
人に何をしているか説明できない。
それは喉に刺さった小骨をずっと探しているようなもので、人に見せられる姿ではない。

じっと音ばかり聴いている。
BGMとして聴いているんだろう。
それはこういう音楽もあるんだという発見であって、共感ではない。
最終的には自分ならこうは作らないだろうという結論になるから。
音はあくまでバックグラウンドのもので、情景やイメージが先行しその上に音が追加されていく。

僕は激しさと静けさが同居する曲が好きなんだろう。
神のごとき曲がなぜ売れないのかと思うが、逆に神曲は売れない方がいいとも思う。
神のような曲はやすやすと売れてはいけない。

逆に考えることにした。
何も欲しくないことがおかしいと考えていたけど、それはおかしいことでも何でもなく、この状況下では当然なのだ。
そう、自分の感覚は当然だ。
そう考えると少し安心する。
自分が大切だと感じている気持ちを全部信じられたらいいのに。
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2010年 08月 16日 *
どうしてこんな僻地の診療所で働いているのかは忘れた。
最初は理由はあったのだろうが、理由はなくても日々は日常となり積み重ねられていく。

当初、先輩医師は自分に色々教えてくれたが、すぐにいなくなってしまった。
当たり前だ。
他所の待遇と比べてしまえば、ここで得るものなど何もないから。
それでもこの仕事に憧れる人もいる。
患者から直接「ありがとう」と言われる職業だと。
でも所詮、ありがとうはありがとうで終わる。
こんなやりがいのない小さな診療所で働くのは、おそらくまともな人間の考えることではない。

ここに来る前に紆余曲折はあった。
それを経て、どうしても自分がこんな所で働くことになったのか。
どう考えても賢明な選択には思えない。
でもたまに、これはこれで自分に向いているかもしれない、と思うことがある。
それはおそらく自分という人間はまともではないからだ。

こんな小さな診療所でも患者は沢山やって来る。
症状は重いものから軽いものまで様々だ。
共通して言えるのは、患者は白衣を身にまとった人間が何でも治療できると思い込んでいる点。
だが実際にはそうはいかない。
それは医療技術の限界による場合もあれば、自分の力不足が原因の場合もある。
また、"自称患者"が医療の範囲外の問題を、持ち込んでくる場合もある。
救えるものなら全員救いたいが、そうはならないのが現実だ。

「先生、右手の具合がおかしいんです。なぜでしょう?」
理由など実際に診察してみないことにはわからない。
それなのに、ここに来る患者はみな、医者を超能力者か何かと勘違いしているようだ。
「ちょっと右手を診せてもらえますか?」
僕は患者の右手にそっと触れる。
患者の手を触りながら、「痛いところはありませんか?」と尋ねる。
「いえ特に痛くありません」
患者は即答した。
痛くないということは、どういった原因が考えられるだろう。
過去の事例を思い返してみる。

「あの先生?」
患者は怪訝な表情で僕に声をかけた。
理由はわかっていた。
僕がずっと長い間沈黙していたせいだ。
僕は考え込むと沈黙するクセがあり、よく患者からこうして声をかけられる。
でも僕は一番最良な方法で患者を治そうとして沈黙してしまうのであって、決してぼーっとしていた訳ではない。
患者にはその辺の事情をわかって欲しかったが、説明するのが面倒なのでいつものように何も言わなかった。

「右手がおかしくなったのはいつからですか?」
「昨日からです」
右手がおかしくなったのが最近であれば、直前の状況や出来事が原因である可能性が高い。
僕は患者にこう尋ねた。
「昨日から急におかしくなったということですか。おかしくなる直前に何かありませんでしたか?」
「いえ特にはありません」

僕はしばらく考える動作をすると、患者が口を開いた。
「強いて言えばあります…」
「それはどのような?」
「夢をみたんです。とても怖い夢」
「夢ですか。それはどんな夢だったか、憶えている範囲で結構ですから教えていただけませんか?」
「そうですね、とにかく怖かったんです。私は右手を傷つけられて、何度も棘の入った鞭で痛めつけられて、挙句の果てには切り落とされてしまいました」
「それで、そのあとどうなりましたか?」
「それから夢から覚めました。でも恐怖はずっと消えないまま残っていました。先生、本当に私の右手は何ともありませんか?」
「ええ。診たところ問題なさそうですね」

この患者は自分の右手を切り落とされる夢をみて、そのあと心配になってここに来たらしい。
これなら医学の知識などなくても解決する話だ。
夢で起きた出来事が現実に影響するはずがない。
たとえば、夢の中で自分が死んだら、現実の自分が死ぬのか?
夢の中で自分が犯罪を犯したら、現実の自分が逮捕されるのか?
あり得ないことだ。
確か、過去の医学書に夢が及ぼす人体への影響について書かれたものがあったが、詳細は忘れてしまった。
この患者はそこまで重度ではないから、参照するまでもないだろう。

僕はたとえ話をはじめた。
「こう考えてみてください。家の廊下に高価な壺が置いてあったとします。あなたは夢の中でその壺を割ってしまった。
あなたは夢から覚めたあと、心配になって廊下の壺を確認します。壺は割れていますか、それとも割れていませんか?」
患者は答えた。
「割れていませんね」
「そうでしょう。それと同じで、夢の中で右手が切り落とされてしまったとしても、現実のあなたには何の影響もありません。右手も無事付いているでしょう?」
「確かにそう言われてみればそうかもしれません」
患者はそれでも少し腑に落ちない様子だった。
だが、完全に理解してもらう必要はなかった。
右手に問題ないことを少しでも自覚させてやれば、やがて自分の感じていることが間違いであることに気づくだろう。

これではとんだ笑い話だ。
医学の知識など全く必要ないじゃないか。

僕はこれと似たことを思い出していた。
朝起きると、彼女が不機嫌になっていた。
人の心は気まぐれで急に不機嫌になったり、特に朝はそうだったりするが、それとは何か違っていた。
明らかに彼女を不快にさせる出来事があり、それが彼女を不機嫌にさせている。
でも昨日までは普段のやさしい彼女だった。
寝る直前まで彼女のそばにいたからそれは断言できた。

不機嫌な彼女と必死にコミュニケーションを試みることで、あることが判明した。
昨晩、彼女は嫌な夢をみたらしく、どうやらその夢の中で、僕は冷たい行動を取ったらしいのだ。
こんな理不尽な話があるだろうか。
僕がいくら彼女に冷たく接したとはいえ、それはあくまで夢の中の話で、現実の僕は何もしてはいない。
それなのにどうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。
通常の理屈で考えると、到底理解できる話ではない。
だが、彼女の立場になって考えると、全く理解できない訳でもなかった。
彼女は夢の中だろうと現実だろうと、僕の行為によって嫌な思いをしたのは事実で、その体験を消すことなど、誰にもできないのだ。

人は理屈ではわかっていても、自らが体験した方に比重を置く、ということか。
それも一理あるだろう。
だが彼女の行動をそれだけでは全てを説明しきれない。

毎日絶えず訪れる患者をみて思う。
彼らは病気のことを知らない。
中途半端に知っている面倒な患者もいるが、常識的にそれくらいは知っているだろうという実生活レベルの知識すら持っていない者も多い。
彼らは病気に対する知識がなければない程、病気のことを恐れる。
わからないから恐れ、嫌な想像をし、疑心暗鬼になる。
その結果、現実に起こらないようなことすらも疑ってしまう場合もある。
僕は彼らを決して笑うことはできない。
僕と彼らの違いは、知っているか知らないか、そのわずかな違いしかないのだ。

ここである仮説が導き出された。

彼女は僕のことを何一つ理解していなかった。

直感的にその仮説は正しい。
それに比べて自分はどうか。
僕も彼女のことを何一つ理解していなかった。

日本にこんな諺がある。
「好きこそものの上手なれ」
その一方でこんなのもある。
「下手の横好き」
これを拡大解釈するならば、相手を理解し、だからこそ人を好きになれる。
しかし、相手を全く理解できなくても、人を好きになる場合もある。
要するに、相手を理解できているかどうかは、好きになることとは関係がない。
好きな感情は独立して存在し得るということだ。

どうして僕が彼女のことを好きなのかはわからない。
理屈では説明できない。
会っている間冷たくされても、そんな時間すら好きの一部に含まれている。
その気持ちは過去形では言い表せない。
僕は彼女のことを好き「だった」のではなく、今でも好きだ。
彼女が僕のもとから去ってからもずっと。

僕はなぜか、いま小さな診療所に勤めている。
毎日人からありがとうと言われる。
得るものは何もない。
それでもここが自分のいるべき場所だと思うことがある。
窓の外には停滞した町の風景が見える。
君のいる所からは距離が遠く離れすぎてしまった。
もう二度と会うことはないだろう。
なのに、目を閉じるといつも君の姿が浮かんでくる。
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2010年 08月 12日 *
FXブログはどういうブログだったかというと、昨日書いた記事の直後に「もっと具体的に書けよ」とコメントが付くようなブログだった。
そんなコメントを前にし、「いきなり命令形かよ…」と思っていた。
それを読者様と好意的に位置づけられる程、大きな心は持てなかった。
でも、一応読まれていることはわかった。たとえ相手に真意は伝わらなくても。

一方で、このブログは基本的に何を書いてもスルーなので、ちょっと肩透かしのような感じになる。
まあそれによって助けられているのも確かだ。
一体何言っているんだろう。

今日会社で勧誘の電話があった。
断った後、なぜ自分にかかってきたのだろうと思った。
他もに社員はいっぱいいるのに、なぜ自分なのか。
奴らは組織変更の数日後には異動後の社員にもピンポイントで電話をかけることが可能だ。
それは、情報を流出させている社員が恒久的に存在していることを意味する。
それだけならよくある話だが、今日はなぜ自分あてだったのか気になった。
「これなら税金がかなり優遇されますよ」と言われ、思わず話の先を聞きそうになってしまった。
自分は給与所得よりも副収入の方が上回っていて、それゆえ割高な税率での納税を強いられている。
だから税金安くならないかな…と日頃思うことがあり、そういう意味ではこの宣伝はかなりマッチしていた。

これは単なる偶然だろうか。
もし偶然でないとしたら、社員の納税額をキーにリストを作成し、そのデータを流している人間がいることになる。
そして、そういうことが可能な部署は限られてくる…。
でもそこまでしてデータを渡すメリットがよくわからない。
人に迷惑をかけてまで短期的な報酬を受け取って嬉しいのだろうか。
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2010年 08月 12日 *
またDENON AH-D501について書かなければならない。
一言でいうと、この製品の音楽再生能力(そういう単語があるのか知らないけど)はかなり高い。それだけは確か。
ただ出荷時の状態だと中・高音域だけがどういう訳か低く抑えられていて、それが低音が目立つとレビューされる理由になっている。
なのでイコライザ等のプレイヤー側の機能で調整すると、よりフラットな状態で聞くことができる。
自分はこの前購入したiPodのイコライザでTreble Boosterに設定して聞いてみたところ、ちょうどよかった。
音質を何も調整せず、そのままでも聞けないことはないが、音のバランスをフラットな状態にして見えてくるものもある。
(何を言っているのかわからないと思うが、実際聞いて貰えればわかってもらえると思う。)

そういえば、音を聴いて気持ちいいと感じたのは久しぶりだった。

行動と矛盾しているけど、僕は両耳で音を聞いても心地よいとは思わない。
ヘッドフォンをつけながら運転するのが危険なように、両耳を同時に塞ぐと五感がそれで占領されてしまい、心に圧迫感が生じる。
それなら音楽などはじめから聴かない方がいいのだが、それでも無理して聞いてしまう。
でもAH-D501のヘッドフォンの音は心地よく、ずっと聞きたい気持ちにさせてくれる。
体にすっと入り込み、いくらでも飲めてしまうお酒みたいな。
そうか、お酒ってこんなに美味しいものだったんだと。そういう発見をさせてくれる。
もし音質の調整なしでこの音が出せるなら、誰にでも自信を持って薦められる製品だ。
それ以外は本当に文句のつけようがない。
3980円はお買い得だなあ。
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2010年 08月 11日 *
1時からエキサイトブログでメンテナンスらしいので手短に。

2年くらい前、FXに関するブログを書いていた時期があった。
なぜわざわざ時間をかけてそんなことを始めたのかというと、矛盾した制度が許せない気持ちがあったからだと思う。
また、詐欺の被害に遭う人を一人でも減らしたかったから。
だがしばらくして更新を止めてしまった。

理由としては、次のようなものが挙げられる。

ブログを書いたからといって、世の中の仕組みは変わらなかったこと。
 結局、何を書いても読者に気持ちが届かなければ何の意味もない。
 被害者が一人でも減ったかどうかも怪しい。

記事に対する思わぬ反応
 別に、賛美するコメントが欲しくてブログを書いていた訳ではない。だから激励のコメントなんて要らなかった。
 なのに、名誉毀損で訴えるとか何とか、そういうコメントがたびたびあり、それらの相手をするのに疲れてしまった。
 飼い犬から食事中にごはんを取り上げると噛まれるというけど、あんな感じ。
 こちらがいくら理屈で説明しても、向こうはまた新たな理屈を用意してきて、キリがない。
 組織でいえば相手の方が大きいし、こちらはどこまでいっても一人。
 やがて自分の言っていることの方がおかしいのではないか、という気持ちに何度もなった。
 こちらが掲げる意見はあるけど、向こうにも向こうなりの言い分がある。
 悪党や詐欺師は罪の意識は全くなく、むしろ自分が正しいことをしていると思っている。
 大きな組織犯罪であればある程。
 戦場で兵士が殺人を犯しても「正しい」という答が予め用意されているように。
 結局、正義はどこにあるんだろうね。
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The Original by Sun&Moon