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2011年 05月 30日 *
さすがにchiptuneは一段落した。
きっと、そればかり聞いてしまうっていう時期もあるんだと思うよ。
そして結局のところFM音源はいいな、という所に落ち着いてきた。

人には"型"のようなものがあるのだと思う。
型は人によってそれぞれ違って、ぴったり適合するものもあれば全く適合しないものもある。
自分はたまたま、FM音源が自分の型に合ったというだけの話。

どうしても好きで何度も聞いてしまう音は、初めて聞いた時、「いいな」とは思うよりも先に、「一体どこからこの音は出てくるのか?」という疑問から始まる。
その謎を知りたくてつい何回も聞いてしまう。
声もそうだ。
好きな歌声を初めて聞いた時、この声は一体どこから来るのだろうと思う。
その答えが知りたくて、その人の歌うライブに何度も足を運ぶ。
これまで何十回もライブを観てきた。
そして、この声はやはり間違いなくあの人から発せられているのだ、と気づく。
当たり前と言えば当たり前なのだが。

DX7の音色を初めて聞いた時もそうだった。
この古びた機材のどこからこの音色が出てくるんだと思った。
結局、その音色は自分の型に合っているということなのだ。
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2011年 05月 30日 *
高校生の頃、家はけっこう田舎だった。
駅から家まで普通に歩いたら30分以上かかるから、バスに乗っていた。
それなのに、体を鍛えようと徒歩で帰宅していた時期があった。
何が僕をそうさせたのかはわからない。
今の自分はこんな状態なのに、当時の自分は一体何を考えていたのだろうか。

真っ暗な道をただ一人歩いていた。
見慣れた東京の夜空とは明らかに違う、例えようのない巨大な闇がそこに存在していた。
何度か流れ星のようなものを目撃した。
流れ星のようなもの――なぜ流れ星と言い切れないかというと、僕はTVで流れ星を見たことが一度もないからだ。
流れ星がどんなものか知らないから、自分が見たものが流れ星だと断言できない。

夜道を歩いている時、ただ星空をぼーっと眺めていた。
景色がそれしかなかったから。
ある日、空に存在する無数の点の一つが軌道を描きながら下へ落ちるのを見た。
流れ星ってこのことなのだろうか。
話し相手のいない僕には、答えを知る由もない。
僕がみたのは流れ星というより、ほうき星と表現した方が適切なように見えた。

ある日、2回続けて星が落ちるのを見た。
よく道端の2羽の鳥が片方が飛び立つともう一羽の鳥が続けて飛び立つのを目にするけど、僕が見たのはそれに似ていた。
星が一つ落ちて、それを確認したかのように近くにあった星が落ちた。
流れ星に、そういうことはあるのだろうか。

またある日、星が青い閃光を放ちながら落ちるのを見た。
花火みたいに明るく輝いて、そのあと燃え尽きたように消えた。

僕の見たものは流れ星だったのだろうか。

わからない。
わからないけど、あれは流れ星だったのだと自分に言い聞かせる。
どうでもいいことのはずなのに、その記憶を捨てることができずにいる。
あれは流れ星だったのだろうか。
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2011年 05月 28日 *
2chの掲示板とか、yahoo知恵袋とか、ニコニコ動画の時報の短い最中とかさ。
世界の中でほんのちっぽけな空間に面白いことが書かれてあるのを発見した時、それが妙に印象的なことがあるんだ。
怪文書のように意味不明だったり、単に面白かったり、よくできているなと感嘆する。
中には作り話なのか本当の話かわからないものがあって。
一見しただけでは本当か嘘かわからない話って、便所の落書きみたいで面白かったりするよね。

結論から先に言ってしまうと、僕は元から諦めている人間だ。
福島の原発のことは気にはなるけど、心の底では諦めてるんだ。
あと30年生きようが、10年生きようが、どちらも同じこと。
たとえ生きられるのが明日までだとしても、「ああそうか」と受け入れてしまう。
どうせ終わるんだからさ。
それが明日かあさってか何年後の何日かの違いってだけで。

たまに親や兄弟のことを考える。
父親のことはよくわからない。
特に喧嘩したり反抗した覚えはない。
基本的に思いっきり放任主義だ。
父の身に着けているものは僕が一目みてわかるくらい高級だ。
スーツ、ネクタイ、腕時計…。
その時点で、僕とは違う人種なんだなと思う。
以前飲みに行くかと誘われたことがある。
そこは普段お客さんはそんなにいないんだけど、店内の暗さといい雰囲気といい、一回行っただけで気に入ってしまった。
新宿とか銀座のクラブとは比較できない位、いいお店だった。
だから僕は「一緒に連れてって下さい」って頼んだんだ。
で、どのスーツを着ていこうかという段階になって、あまりに自分のスーツが貧相なことに気づいた。
服が汚いとかそういう話ではない。
そもそもスーツは数回しか袖を通していないので新品なのだが、父親のような高級感のある服を一着も持っていないのだ。
僕はそのことで父親から叱られるかもしれないと思ったが、父は何も言わなかった。

僕と父と妹は昼にそのお店に行った。
お店には、僕より少し年下のかわいい女の子が働いていた。
そう、この子とは前回も会ったことを覚えている。
それからその子を連れて海に遊びに行った。
空はよく晴れてて、泳ぐにはぴったりの日だった。
海の冷たさがとても心地よかった。
僕はずっと波の動きに合わせてのんびり泳いでいた。
女の子と妹は浜辺で2人で何かを話している。
結局その子とは一緒に夜を共にした。
理由はわからない。
なぜかそういう雰囲気だったから。

目を閉じればそういう穏やかな時間があって、目の前には明日どうなるかわからない現実があって、両者には信じられないくらいの距離があって。
現実がどうなろうと構わないと思えてくる。
行われているのは建設ではなく破壊なのだから。

相変わらずchiptuneばかり聴いている。
chiptuneの矩形波の音は10数年前のゲームによく使われていた。
昔っぽい雰囲気をイメージする人が多い。
高級さでは今の音に敵わないかもしれないけど、僕にはやはりこの音がしっくり来る。
というよりむしろ、今の音が雑音みたいで、こっちの音の方が高級に聞こえてしまう。
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2011年 05月 22日 *
今日もアナログシンセで短いフレーズを作ってみた。

0521.mp3

昨日と感じが似てるかも…。

最近Chiptuneを聴くのにはまっている。
よく出来ている曲を聴くと、どういう訳だか泣けてくる。
理由はわからない。
自分もいつかピコピコサウンドで曲を作ってみたいな。
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2011年 05月 21日 *
今日はアナログシンセを使って簡単なフレーズを作った。

0519.mp3

この前、FM音源のことについて書いたけど、アナログ音源も好きです。
要するに古いものなら何でも好きなのかといわれそうだけど。
だって良いものは良いんだもん。仕方ないよ…。

ゲームにしても古いゲームばかり好んでプレイする人がいますね。
ニコニコ動画だと「いい大人達」が実況してる動画がとても面白いです。
視聴しているとあっという間に時間が過ぎるので注意が必要です。
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2011年 05月 17日 *
0517.mp3
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2011年 05月 16日 *
この曲を聴いたらなぜかテンションが上がった。

ハイスイノナサ circle


こういうのを聴くと歌もいいなーと思う。
女性ボーカルは曲に上手く溶け込むけど、男性の声は曲にどういう風にマッチさせたらいいんだろうね。
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2011年 05月 12日 *
FM音源はどういう音がするのかと疑問を持つ人のために、短いフレーズを置いてみました。

0511.mp3

FM音源は特に高音域の部分が特徴的で、FM音源が好きな人が作曲した音を聴くと、
時として一般の人には高音が強調されがちに聞こえてしまう場合がある。
でも自分はフラットな状態の音が好きなので、できるだけ中立的な音を作っていきたい。
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2011年 05月 11日 *
最近までずっと調子が優れなかった。
気持ち悪くて食事を摂らなかったら体調が更に悪くなり、回復するまでにかなりの時間を要してしまった。
というか無理して書く必要なんて全くないし、思ったことをこうしてたらたらと書き連ねる行為が病的だという事に気づいた。
本来病的な事を自覚すること自体が少ないのかもしれないが、いざ体調が回復に向かって今までのことを客観的に見るとそうなる。
毎日こんなことを書くのはやばい。

体調的にも精神的にも書けなかった。
目が覚めても起き上がれないのと同じように、外出する気力が出ないのと同じように、書く気力が沸かなかった。
それだけのこと。
ただ、鬱がひどくなると何も出来ないというのは若干違う。
自分も以前はうつ病の人は自殺しづらいと考えていた。
自殺する気力も出ないから。
でも今は一概にそうも決められない気がしている。

たとえば酒を飲んだ時の効果を考えてみよう。
知っての通り酒を飲むと人は饒舌になる訳だが、アルコールは医学的にはダウナー系のドラッグに分類することができる。
ダウナーで気力が無くなってしまうのではないかと考えがちだが、実際はその逆の事象が起こっている。
コップの中に水と果肉が入っていると考えてみよう。
コップの中をかきまぜると果肉が混ざり、水が濁ったように見える。
果肉は日常の悩みや不安と考えればわかりやすい。
アルコールを摂取すると悩みや不安から解放され、果肉が沈殿し濁っていた水が透き通る。
結果として快活になる。
ごめんなさい、日本語おかしいですね。
本人のテンションがおかしいので。
そのことに自覚的になってきました。

鬱がひどくなると無気力になり餓死するのだろうか。
確かにそうとも考えられるが、違うとも考えられる。
こんなことを書いてもほとんど理解されないと思うが、うつがひどいからといって何もできないかというと一概にそうとも言えない。
状況によって効果は様々だ。
人と接することが無理なくせに、一日中人ごみの中を徘徊したり、誰かと飽きもせず無意味な会話をし続ける。
なぜかそういうテンションに体がなってしまう。
東京から青森まで飽きもせず歩き続けても平気なくらいのテンションになる。
普段好きだったはずの音楽を聴くのがつらい。
特に歌ものはつらい。
歌詞の中にひそむメッセージが心をより一層重たくするから。
でも全くの無音状態が続くといてもたってもいられなくなる。
仕方なくメトロノームの音や秒針に耳を傾ける。
その規則的な音の繰り返しに何時間でも聞き入っていられるような感覚。
そうでもしないと気が狂ってしまいそうな感覚。
それを味わう前と後では、軽く人生観が変わる。
知らなくて済むなら知らないほうがいい。

こんなことを書いたって無意味だってわかってる。
自分もどちらかと言えば理解できない側に属している人間だ。
だからよくわかってる。
俺は何を言いたいんだろう。

身近にいて普段気にも留めていなかった人が実は大切な存在だったことに気づく。
たとえるならそんな状況かもしれない。
ただ普通に生活しているだけだったらやっぱり気づかない。
いたってそれが普通だ。

FM音源のことを言ってみたところでどうせ知っている人は知っているだろうし、知らない人は知らない。
何言ってんだこいつと思われて終わり。
FM音源は昔のゲームで使われたり、携帯の着信音に使われたり、けっこう身近に存在する音だったりする。
一方、今ではゲームでもシンセでも主流の音源ではなくなり、廃れたイメージを持っている人も多い。
一言で言えば独特な音である。
またリアルや迫力では波形メモリや物理音源にはかなわない。
事実、自分自身も何とも思っていなかったのだ。
でもこの音は、いろいろな物を破壊する。
今までの既成観念を打ち砕いてしまう。

存在感がないのに確かな存在感がある。
どうみても論理的に矛盾しているものが、確かにここに存在する。

音は聴くものだと思っていた。
だがこれは直接心に触れる感じで、おそらく脳の感情を司る部分に直接干渉している。

ゲームに使用されるのもわかる気がするし、その決定は間違っていなかった。
この音のせいで、より深く感情移入することになる。
歩いて風景を見ながら聴くのもいいだろう。
今までとは全く違った世界が見えてくる。

音楽の空間表現といえばパンで音を左右に鳴り分けることを想像しがちだが、音色の違う音を重ねても空間は表現できる。
これはまさにうってつけで、味わい深い、無限の広がりを感じさせる。

全ての音は異質で不快なものである、という所からこの考えは出発している。
精神が肉体や骨格に縛られている存在であるように、我々の考えは感覚器官に縛られている。
感じるということは、自分自身を縛るということでもある。
元来気持ちの良いことではない。
にもかかわらず、こんなにも気持ちのいいことが存在すること自体が奇跡だと思う。
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The Original by Sun&Moon