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2017年 07月 20日 *
確かドラえもんの道具に歌手とか学者などの記憶のカートリッジを装着する話があった。
SF映画トータル・リコールにも外部から記憶を注入する描写がある。
だがこれらのよくある話とは違い、入ってくる記憶はこちらでコントロール出来ない。
まあ現実世界でも思い通りに出来ることはもともと少ないが。
とにかくそれは、こちらが望もうが望むまいが、基本的に向こうからやって来る。
そこには、世界がそこにあるという実感というか、世界観が含まれている。

かつては東京や郊外にだって、世界観というか活気というか、そういうものを感じることが出来ていた。
これは僕の個人的な問題かもしれない。
だが、そこにあったものがマンションや駐車場やコンビニに置き換わることで、確実に世界観は損なわれてしまう。
どこに行っても同じ景色なら、どこに行ったって同じなのだから。
一方、異世界には最近自分が現実世界で感じ取れなかった世界観を確かに感じ取ることが出来る。

昔、日本には城が存在した。
天守閣から街の様子を一望することが出来た。

今この世界のリアルとは何なのだろう。
ニュースで取り上げられる殺人事件や戦争や交通事故のことだろうか。
負のニュースだけでなく、逆に、多くの人を幸せにするような出来事もあったのかもしれない。
少なくとも10年~20年前くらいまでは世界の存在を自覚出来ていた気がするが、今ではそうした感覚は希薄になってしまった。
この世界で起こっていることがよくわからない。
時代が変わってしまったのか、自分が変わってしまったのか。
遠くに行けばわかるのだろうか。
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2017年 07月 19日 *
ネットが普及するようになって、多くの人がつぶやくようになり、きっと誰かが同じことを書いたりしてるんだろうなという気持ちが自分の書く行為を思いとどまらせている。
自分の興味の対象にしたって、同じ興味を持つ人が既に書いているのだ。

記憶のことはどうだろう。
0.1%くらいの人が同じことを思っているかもしれない。
だとすると日本に10万人くらいは存在することになる。
結構沢山いるね。

記憶が入ってくるという感覚。
今まで出来なかったことが出来るようになることは日常生活において割とよくあることだ。
その過程の中では試行錯誤の段階があって、慣れてくると意識せずとも自然と身体が動くようになる。
知識についても同じことが言える。
最初はただ暗記していたものが、やがて生きた知識として活用できるようになっていく。

ただ何にせよ、そうなるまでにはそれなりの時間がかかる。
当たり前の事だ。

なので、次の道を曲がってそうしたら通りに出るから2番目の交差点を右に曲がればあの場所に出て…
みたいな記憶が一瞬で入って来たりしたら、少なくとも自分は戸惑う。
一体その記憶はどこから来たのかと。

異世界みたいなものが本当にあるのではないかと考えることもある。
何かをきっかけに向こうの世界とリンクし覗き見ているのではないだろうか。
また、この世界には秘密みたいなものが存在し、死んだあとで「何だ、そういうことだったのか」と理解する日が来るかもしれないと。
そんな風に思うこともある。

世界を認識すればその世界は存在する。
普通に考えれば逆で、世界があるから僕たちは世界を認識するに至る。
物理法則が存在するから僕たちはそれを認識する。
しかしそれよりもっと上位の概念が存在するのかもしれない。

無制限のストレージサービスのほとんどが撤退していることからもわかるように、記憶媒体は有限である。
にもかかわらず、何年もかけて習得するような記憶や知識が一瞬で入ってくることなど起こり得るのだろうか。
もしあるとすると、どのような仕組みで実現できているのだろうか。

記憶装置が高価な時代、FM音源のようにメモリが小さくてもパラメータを変えることで様々な音色を奏でる技術が存在した。
既にある記憶が脳の中でパラメータを変えることにより別の意味に変化する。
それは例えばパラメータを一つ変えるだけで、アニメのDVDが全く別の映画のDVDになるようなもので、本来ならあり得ないことだ。
万華鏡のように回せば異なる絵柄が出るというだけなら可能だが、チンパンジーがシェイクスピアの戯曲を書けるかとなると話は変わってくる。
そんなことが実現できるならば、これまで信じていた記憶媒体の有限性は全く否定されることになる。

この現象は一体何なのだろう。
ネットがこれだけ普及したのだから、同じようなことを考えている人がどこかにきっといるはずだ。
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The Original by Sun&Moon