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2017年 08月 25日 *
先日うっかりイヤーピースをシャツのポケットに入れたままクリーニングに出してしまった。
最初はイヤーピースをどこかに落としたかと思って部屋を探したりしたが、どこにも見つからなかったのでシャツのポケットしか考えられなかった。
シャツが戻ってきたら無事にイヤーピースは見つかったが、その間、他の機種のイヤーピースを代わりにはめて使っていた。

外出先で自分はよくイヤホンをしている。
というかこれがないと不安で外に出たくない位には重宝している。
昔書いたけど、外で不意に大きな音がするのが苦手だ。
実際音楽は聞いていないので主に耳栓代わりの目的で使用している。
音楽は聞いてもいいんだけど、駅の発車メロディが曲を邪魔してきたりするのが嫌で気が向いた時にしか曲は聞いていない。
頻度としては月に数回程度。

機種は特に拘りがある訳ではなく、最低限の音質が確保できればそれでいいと思っている。
色々な雑音が入ってくる屋外で使用するためのイヤホンに音質を求めても…。
使用しているのはMONSTER MH TRON IE BX で、値段の割に音は良い。
当時、UE100のコスパが優れていると話題になっていたけど、コスパの面ではこちらの方が断然優れていると思う。
だがMH TRON IE BXは既に生産中止しており入手手段がない。
これに代わる後継機種として挙げられるのが同メーカーのMH HJ WIKD IEである。
音質はMH TRON IE BXとほぼ同等でありながら、現在2500円前後で入手可能。
はっきり言って個人的にはこれを20個くらい確保しておけば死ぬまでイヤホンには困らないのではないかと思う。
MH TRON IE BXの時はメーカー保証期間がなんと3年間もあり、途中で断線したとしても交換対応してくれた。
イヤホンは所詮消耗品であり、イヤーピースを紛失したり片方聞こえなくなったりすることは十分考えられる。
MH HJ WIKD IEの保証期間は一般的な1年間で、まあそれでも良心的な方だが、断線したら交換するつもりで1個しか購入しない選択肢もある。
だが、同モデルがいつ市場から消えるか分からないことを考えると、在庫処分のタイミングで複数確保しておいた方がいい。
問題はデザインが万民受けしないくらいか。
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2017年 08月 23日 *
安めの大衆食堂に場違いな老夫婦が席に座っていた。
案の定、口を開けば文句ばかり。
そこまで嫌ならわざわざ来なければいいのに、と思った。
きっと旅行先では旅館の対応に文句を言い、どんな景色を見たって昔見たものと比較してケチを付けるのだろう。
年を取るというのは、そういうことなのだろうか。
いや違う。
自分も大切なものに出会わなければ、同じように何をしたって文句を言う大人になっていた。
大切なものがあれば、ある程度の苦労なんてどうでもよくなってしまう。

ある人にとって大切なものは、他の人にとって大切とは限らない。
物がどれだけフィットするかは捉える人によって違う。
大切なものに出会えるかどうかは、その人に努力が足りないなんてことではなく、結局のところ運次第なのかもしれない。
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2017年 08月 19日 *
最近、昔の写真を見るのにはまっている。
写真をわざわざ無償でブログにアップしている人達がいるのは、本当にありがたい。

自分も昔の写真を持ってたらいいなと思ったものの、10年ちょっと前の写真しか持っていない。
それだとあまり今と変わってないから、あまり比較にならない気がする。

スカイツリーが建つ前の業平橋駅からの眺め
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確かに土地が余っているように見えるかもしれないけど、場所柄、特に魅力のある場所でもなかったように思う。
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2017年 08月 15日 *
音は鼓膜を震わせ神経細胞から情報が脳に伝わり、最終的に音として認識する。
仮に耳というインターフェースが無かったとしても、信号さえ脳に届けば音として認識される。
視覚に障害があったとしても、信号さえ脳に届けば映像として認識される。

無音なのに音を認識することは可能である。
物が無いのに物を見ることは可能である。
手足を自由に動かせるように、周囲のストレスだけで体に変調が及ぶように、形がなくとも認識が体に影響を与えるのは珍しいことではない。

記憶は一体どこから来るのか。
例えば本を読み、自分なりに咀嚼し理解を深め、実践できるようになるまでいくつかの過程を踏まなければならないが、最終的な段階を「定着後の記憶」と呼ぶことにする。
それが脳の中ではただの情報で、他人とやり取りできるものであるなら、その定着後の記憶は「誰のものか」ということが曖昧になってくる。

例えば同じ映画であっても、それを見た記憶は人それぞれ違う。
定着後の記憶が外からやって来るのか、それとも自分で作り出したものなのか、ひとまず置いておくとして、それを感じたのは自分自身か? と言われると、少し違う。

将来、定着後の記憶を人と交換することが可能になり、それがビジネスになる日が訪れたとしよう。
海外旅行の記憶を買えば、わざわざ休みを取って海外旅行に行く必要はなくなる。
一瞬で海外旅行に行った記憶が手に入るのだから。
しかしここで、一体誰が海外旅行に行った記憶かが問題になってくる。

わざわざ映画館に行ってお金を払わなくても、2時間消費しなくても、記憶を買えばそれで済む。
しかし誰が見た記憶かによって印象が180度変わるということが起こり得る。

こうなると、映画の完成度というより、その記憶の値段・価値は、誰が映画を見たかによって変わってくる。

それまで能力やスキルに価値が与えられてきた。
だが、感性というものにも新たに価値が加わるようになる。
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The Original by Sun&Moon