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2019年 11月 13日 *
体の調子が悪いのが治らない。
なんなんだろう。
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2019年 11月 04日 *
このままでいいのか

日常ってなんだろう
日常ってなんだっけ
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2019年 11月 03日 *
音は難しい。
時としてそれは騒音にもなる。
日常生活でただ鳴り続ける低音も高音も不快だ。
でも不快な成分を削って気持ちいい音になるかといえばそれは別で。
許容できるギリギリの所まで受け入れなければならない。
ありふれた方法だけど、低音を許容できる所まで上げて、そうすれば高音がどこまで上げられるかが自ずと決まってくる。
このレベルまで高音を上げると、高音だけ鳴らしても不快なのに、低音と合わせるとなぜか気持ちいい音になる。
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2019年 10月 09日 *
かつてUSDJPYが株式の銘柄のように独立したものだと捉えていた。
でも実際は独立した銘柄ではなくUSD/JPYという交換レートを表すものだった。
この気づきで少しだけ前に進むことができた。
未来を予想する苦行からようやく開放された。
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2019年 10月 05日 *
外に出られなくて、それじゃ余計体に悪いから無理やり外出した。
途中で思考が停止して気持ち悪くなって一人で心細さのあまり泣いた。
一体何をやっているのか。
何のために呼吸をして食事をして生きているのかわからない。
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2019年 09月 29日 *
何だかよくわからないものに押しつぶされそうな気がする。

20年前はネット関連の収入だけで生活するのはおかしい人みたいに思われてたかもしれないけど、今だと珍しくもない
外部との接触が一切無くなるのは想像すると少し恐い。

そんなの人によるだろと言われそうだけど、思いは実現する、というのは本当だろうか。
これまでの事を振り返ってみると、何か欲しいものを手に入れようとしてその通りになった事なんて一度もない。
こちらは絶望や希望は求めていないのに意図せず向こうからやって来る。
2018年 09月 05日 *
開放型ヘッドフォンATH-AVA500を聞いていて思ったのだけど、密閉型に比べて音が遠くから鳴っている。
また音の反射がなく音と音が混ざらない。
FM音源の時代だと音圧や空間表現のためにLチャンネルとRチャンネルの2CHを使用して周波数を少しずらして(デチューン)コーラス効果を得る手法がよく使われていた。
開放型ヘッドフォンでこの楽曲を再生した場合、音が混ざらずに別々に鳴っているような感じになり、製作者の意図した音で再生出来ていないように感じる。

この事は、昔と今では再生環境が違うのだから仕方ないのかもしれない。
昔のドット絵にしてもブラウン管での再生を想定しており、現代の液晶の細かい解像度での再生までは想定外だった。
例えばHDMI接続のミニスーファミにはこのイメージギャップを埋めるため、わざわざ画面にノイズを加えるエフェクトが用意されている。

半開放型のFOSTEXのTH-7Bを改めて聞いてみると、やはり密閉型と開放型の中間の音だと感じる。
音源が密閉型とまではいかないものの、多少近い。
また密閉型とまではいかないものの、多少は混ざる。
開放型でOPNA以上のチャンネルを持つレトロ音源は正直きついものがあるが、半開放型であればギリギリ許容範囲に収まっている。

あとこの機種の特徴はキレのある低音にある。
聞いた人なら何を言っているのかわかると思うが、ふくよかに響くというよりは、「ドン!」って感じで強烈なアタックのあとすぐに減衰する感じ。
これがすごく新鮮で、他の機種では再現できないこの機種ならではの特徴に思える。



2018年 08月 27日 *
フラットに近い
例えばDENONのDシリーズが何も加工しない初期状態では低音がかなり強調されているのに対し、HD206の補正はほとんど必要ない程フラットに近い。
つまり、そのままの状態であっても音が破綻しづらく、またポータブル機でそのまま聞けてしまう点はメリットになる。

音場が広い
密閉型でリスニング系なのでやはりDENONと音の傾向は似ているものがあるが(特に中高音域は似ている)、敢えてDENONとの違いを比較すると音場が広い。
同じ密閉型にもかかわらず、なぜSENNHEISERに音の抜けの良さがあるのかを考えると、低音の違いに理由がある気がする。
DENONは最初から低音が出ているが、それはイコライザで調整可能。
一方SENNHEISERは初期状態であまり低音が出ていない。
自分にとってはそれ位で丁度いいのだが、低音の混ざり方がDENONに比べると不得意に見える。
おそらく低音を強調しようとすると音が浮いてしまい、リスニング系っぽくならなくなってしまうので、必然的に低音を強調できない。
低音の柔軟性と音場の広さはトレードオフの関係にあり、SENNHEISERは音場の広さの方を取った。

低音が響かない
低音の響きの無さはある人にとっては物足りなさを感じるかもしれないが、音場の広さを実現している点は大きなプラスと言える。
レトロ音源の再生はDENONの方が得意だが、現代は電子音のような人工音より実際に鳴っている音を多用した曲が多い。
PCMの忠実な再生にはある程度音場の広さが必要であり、それを実現しているSENNHEISERの方が結果的に現代音源の再生には適しているのだ。



2018年 08月 22日 *
ヘッドフォンを試聴するとそれぞれ低音が出ていたり高音が出ていたりする。
色々聴き比べてフラットなものを選択する。
今までそれが適切なやり方だと思っていた。
でもよく考えてみれば、部屋の中で聞く限りにおいては、イコライザを通せばどうにでもなる。
なぜもっと早くその事に気づかなかったのか。

先日オーディオテクニカ(audio-technica)製ATH-AVA500を購入した。
この機種は中高音域がかなり強調されていて目立つ。
だが、これをイコライザで調整してみようと思い、購入に至った。

フラットになるよう音質調整してこの機種の特徴がわかった。
音場が広い。
音源ソースにもよるが、ステレオ効果の恩恵をより感じることができる。
イコライザ調整も慣れてきたし、もうこれ(ATH-AVA500)でいいじゃないかという気持ちになった。

これと並行して、私生活に対してどうにもならなさを感じるようになっていた。
無気力というか、無感動というか。
それだけならいつもと変わらないのだが、生活において何かが足りないと常に感じていた。
だが、その足りないものが何なのか全くわからなかった。

関係ないかもしれないが、猛暑の影響もあって体重が64Kg台→51Kg台に減少した。
最初は健康増進を目的として暴飲暴食をしないよう心がけて生活していた。
それが定着した結果なのかもしれないが、ここまで来ると最早これからどのように体重を増やしていいかがわからない。
何か食べてもすぐ満腹になってしまうし、かといって食べても食べてもなぜか体重が減っていく。

食生活の事に加えて晴れの日はバイクで外出するようになったからかもしれない。
バイクの運転はただ座っているだけのように見えるが、意外とカロリーを消費しているのだ。

でふと元のDENON AH-D501に戻ってみた。
ヘッドフォンごとのイコライザ調整のノウハウも徐々に蓄積出来たこともあり、この機種の特徴も指摘できるようになってきたように思う。
それよりもまず、自分はこれがないと生きていけないかもしれない。
数週間これ無しで生活してきた結果、この先やっていくのが無理なんじゃないかと思ったこと。
そして全く無自覚だったのだが、どうも普段の自分はDENONのヘッドフォンに精神的に癒やされ続けていたのだった。
ここで自分にしか伝わらない事を書いても仕方ないのだけど。

話を戻して、ヘッドフォンの特徴について。
前提として、音質はイコライザでフラットに調整している。
ただそれでどのヘッドフォンも同じ音が鳴るかというと違う。
それがソフトウェアでは超えられないハードウェアの壁であって、ヘッドフォンの特徴というのは、ソフトウェアでは埋められないハードウェアの違いによって生じる差の部分を指すのだろうと思う。

■オーディオテクニカ(audio-technica) ATH-AVA500
 ステレオ効果が他の機種に比べて明瞭。
 この曲ってこんな所から音が鳴っていたのか、みたいな新たな発見があって面白い。

■FOSTEX(フォステクス) TH-7B
 モニター系ヘッドフォンを謳っているだけあり、音の分離感に優れている。
 例えば、複数ボーカルの曲はアニソンでも珍しくないが、誰がどの部分を担当しているかが明確にわかる。
 またユニゾンの部分であっても誰がどのように歌っているかを把握しやすい。

■DENON AH-D501
 先程の例でいえば、誰がどのように歌っているかはTH-7Bより明確でない。
 音と音が混ざって新たな音になってしまうから。
 ただしそれがマイナスなのかといえばそうではない。
 むしろプラスに働いている。
 パッドの音やSAW波を重ねた音や電子音楽特有のノイズ音など、これ程綺麗に再生するヘッドフォンは他に見つからないし、欠点という欠点がない。
 それ程、音が別次元のものにシフトアップしている。
 クラシックのような広いレンジを使う音源ならともかく、自分はそれまでサイン波のような単純な音源を再生したところで、ヘッドフォンによるハードウェア的な差は生じないと考えていた。
 しかし、この機種に関しては、サイン波だけの音源を聞いたとしても綺麗に再生する。
 リスニング系のヘッドフォンとしては素晴らしいとしか言いようがない。
 理屈はいまだにわからないが…。



2018年 08月 22日 *
最近、いやずっと前からだったかも知れないが、飲食店やファーストフード店の看板に掲示されているメニューを見ても内容が分からない。
それは夢の中で声を出したいのに声を出せない、あるいは体を動かしたいのに動かせない状況に似ている。
一生懸命見ようとしているのに、肝心の内容が分からない。
注文したい品物がどこに載っているのかとか、値段がどこに表示されているのかとか。
分からないところは仕方なく店員さんに聞く。
店員さんからしてみれば、「そこに書いてあるのに」と思うことだろう。
余計な仕事をすることでストレスを増やす要因にもなるだろう。

視力は悪いが全く見えていない訳ではない。
どちらかと言うと悪いのは頭の方だ。

年齢とともに色々な部分が衰えてしまったのは否定できない。
だけど、映像は物事を理解する為の補助に過ぎないのではないかと思ったりもする。
目は口ほどに物を言うというが、映像よりも音声の方が情報量は上ではないだろうかと。
その人の書いた文章を見るよりも、電話で話した方が相手がどのような人物か把握しやすい。
音声には、言葉の選び方、喋り方、間の開け方など、様々な情報が含まれているように思う。
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The Original by Sun&Moon